解雇制限

解雇制限(かいこせいげん)とは、労働基準法第19条に基づき、労働者が業務上の負傷または疾病により療養のために休業する期間およびその後30日間、ならびに産前産後の女性労働者が休業する期間およびその後30日間について、使用者による解雇を原則として禁止する労働法上の制度である。本制度は労働者の雇用を最も不安定な状況において保護し、療養に専念できる環境を確保することを目的としている。1947年(昭和22年)の労働基準法制定時より規定されており、日本における労働者保護の基本的な仕組みの一つとして位置づけられる。解雇制限には一定の例外規定が存在し、打切補償の支払いや天災事変等により事業継続が不可能となった場合には解雇制限が解除される。

目次
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概要

解雇制限は、労働基準法第19条に明文で規定されており、使用者による一方的な労働契約の解約を特定の期間において制限する強行法規である。本規定は労働者の生活基盤を保護するため、病気や出産という生理的事由により就労が困難な時期における解雇を禁止している。

本制度の対象となるのは、第一に業務上の事由により負傷または疾病にかかり療養のために休業している労働者であり、第二に産前産後の休業をしている女性労働者である。前者については労働災害補償制度と密接に関連しており、後者については母性保護の観点から設けられている。

解雇制限期間中に解雇を行った場合、当該解雇は無効となり、使用者には労働基準法第119条により6か月以下の懲役または30万円以下の罰金という刑事罰が科される可能性がある。これは労働基準法違反として厳格に取り扱われる事項である。

なお、解雇制限と類似する概念として「解雇の禁止」があるが、両者は異なる法的性質を持つ。解雇制限は特定の期間における解雇を禁止するものであるのに対し、男女雇用機会均等法や育児・介護休業法に基づく解雇の禁止は、特定の事由を理由とする解雇を禁止するものである。

法的根拠と条文

労働基準法第19条の規定

労働基準法第19条第1項本文は、「使用者は、労働者が業務上負傷し、又は疾病にかかり療養のために休業する期間及びその後三十日間並びに産前産後の女性が第六十五条の規定によつて休業する期間及びその後三十日間は、解雇してはならない」と定めている。

同条第1項ただし書は、「使用者が、第八十一条の規定によつて打切補償を支払う場合又は天災事変その他やむを得ない事由のために事業の継続が不可能となつた場合においては、この限りでない」として例外規定を設けている。

同条第2項は、「前項但書後段の場合においては、その事由について行政官庁の認定を受けなければならない」と規定し、天災事変等による解雇については所轄労働基準監督署長の認定を要求している。

関連法令との関係

解雇制限は労働基準法に基づく制度であるが、労働契約法第16条に規定される「解雇権濫用法理」とは別個の法的効果を有する。解雇権濫用法理は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない解雇を無効とするものであり、解雇制限は特定の期間における解雇そのものを禁止する点で異なる。

また、男女雇用機会均等法第9条第3項は、妊娠・出産等を理由とする解雇を禁止しており、同条第4項は妊娠中および出産後1年以内の解雇について、事業主が妊娠等を理由とする解雇でないことを証明しない限り無効と推定する規定を置いている。育児・介護休業法第10条および第16条は、育児休業・介護休業の申出または取得を理由とする解雇を禁止している。これらは解雇制限とは別の法的保護を提供するものである。

適用対象と保護期間

業務上災害による休業の場合

業務上の定義

「業務上」とは、労働者が使用者の支配下にある状態において発生した災害を意味し、業務と傷病との間に相当因果関係が認められる場合をいう。具体的には、作業中の事故、通勤途中の災害(ただし通勤災害は別の取り扱い)、業務に起因する疾病などが該当する。

業務起因性の判断は、労働基準監督署が行う労災認定手続において決定される。認定基準は厚生労働省令および通達により詳細に定められており、個別の事案ごとに判断される。

療養休業期間の算定

解雇制限が適用される「療養のために休業する期間」とは、業務上の負傷または疾病が治癒するまでの期間を指す。ここでいう「治癒」とは、医学的に完全に治った状態のみならず、症状が固定し、治療効果が期待できなくなった状態(症状固定)を含む。

休業期間の起算日は、療養を開始した日である。療養中に一時的に就労可能となった場合でも、医師の指示により療養が継続されている限り、休業期間は継続するものと解される。

解雇制限は「その後三十日間」まで及ぶため、実際に就労を再開した日から起算して30日間は解雇が禁止される。ただし、症状固定により療養補償給付が終了し、障害補償給付に移行した場合には、原則として解雇制限は解除される。

通勤災害との区別

労働者災害補償保険法上の通勤災害は、「業務上」の災害に該当しないため、労働基準法第19条の解雇制限は適用されない。通勤災害による休業中の労働者については、解雇予告(労働基準法第20条)の手続を経ることにより解雇が可能である。

産前産後休業の場合

産前産後休業の期間

労働基準法第65条第1項は、6週間(多胎妊娠の場合は14週間)以内に出産する予定の女性労働者が休業を請求した場合、使用者はその者を就業させてはならないと規定している(産前休業)。同条第2項は、使用者は産後8週間を経過しない女性を就業させてはならないとしている(産後休業)。ただし、産後6週間を経過した女性が請求した場合において、医師が支障がないと認めた業務に就かせることは差し支えない。

解雇制限は、これらの休業期間およびその後30日間に適用される。したがって、産前6週間の休業を取得した場合、実際の休業開始日から産後8週間経過後さらに30日間、合計して約4か月半の期間が解雇制限期間となる。

実際の出産日と予定日の相違

出産予定日と実際の出産日が異なる場合、産前休業の起算日は予定日を基準とし、産後休業の起算日は実際の出産日の翌日を基準とする。このため、予定日よりも早く出産した場合、産前休業として請求できる期間は短くなるが、産後休業の期間は実際の出産日から計算される。

産前休業を請求しなかった場合

産前休業は女性労働者の請求により取得できる権利であり、請求しない場合には就労が可能である。しかし、産後休業は強制的な就業禁止期間であるため、産後8週間(医師の認めた業務については産後6週間)は原則として就業させることができない。

解雇制限の適用については、産前休業を請求しなかった場合でも、産後休業期間およびその後30日間は解雇が禁止される。また、産前休業を一部のみ請求した場合には、その請求した期間およびその後30日間が解雇制限期間となる。

解雇制限の例外

打切補償による解雇制限の解除

打切補償の要件

労働基準法第81条は、「第七十五条の規定によつて補償を受ける労働者が、療養開始後三年を経過しても負傷又は疾病がなおらない場合においては、使用者は、平均賃金の千二百日分の打切補償を支払い、その後はこの法律の規定による補償を行わなくてもよい」と規定している。

この打切補償を支払った場合、労働基準法第19条第1項ただし書により、解雇制限が解除される。ただし、実際に1200日分の平均賃金を支払うことが要件であり、支払いの意思表示だけでは解雇制限は解除されない。

労災保険給付との関係

最高裁判所平成27年6月8日第二小法廷判決(専修大学事件)は、労働者が労災保険法に基づく療養補償給付を受けている場合であっても、使用者が労働基準法第81条の打切補償の額に相当する金額を支払ったときは、同法第19条第1項の解雇制限は解除されると判示した。

この判例により、労災保険給付を受けている労働者についても、使用者が打切補償相当額を現実に支払えば解雇制限が解除されることが明確化された。ただし、労災保険法に基づく傷病補償年金が支給されている場合には、労働基準法第19条第1項の解雇制限が解除されたものとみなされる(労働基準法第19条第2項、労働者災害補償保険法第19条)。

天災事変その他やむを得ない事由による例外

天災事変の意義

「天災事変その他やむを得ない事由」とは、地震、津波、台風、洪水、火災などの自然災害、またはこれに準ずる程度に不可抗力に基づきかつ突発的な事由を指す。単なる経営不振や事業の縮小は、この要件に該当しない。

厚生労働省の行政解釈によれば、天災事変に該当するためには、(1)不可抗力であること、(2)突発的であること、(3)事業の継続が不可能となることの3要件を満たす必要がある。東日本大震災のような大規模災害の際には、所轄労働基準監督署において個別に判断されている。

労働基準監督署長の認定

天災事変その他やむを得ない事由により事業の継続が不可能となった場合に解雇を行うには、事前に所轄の労働基準監督署長に対し、解雇予告除外認定申請書(様式第2号)を提出し、認定を受けなければならない(労働基準法第19条第2項、労働基準法施行規則第7条)。

認定は個別の事案ごとに行われ、事業所の被災状況、復旧の見込み、他の事業所への配置転換の可能性、解雇回避努力の有無などが総合的に判断される。認定を受けずに解雇した場合、当該解雇は無効となる。

なお、この認定は解雇制限の解除に関するものであり、労働契約法第16条の解雇権濫用法理に基づく解雇の有効性判断とは別個の問題である。認定を受けた場合でも、整理解雇の4要件(人員削減の必要性、解雇回避努力義務、人選の合理性、手続の妥当性)を満たさない解雇は、権利濫用として無効となる可能性がある。

解雇予告との関係

解雇予告制度の概要

労働基準法第20条第1項は、使用者が労働者を解雇しようとする場合には、少なくとも30日前にその予告をするか、または30日分以上の平均賃金(解雇予告手当)を支払わなければならないと規定している。この解雇予告制度は、労働者に次の就職先を探す時間的猶予を与えることを目的としている。

解雇予告の対象外となる労働者として、日々雇い入れられる者(ただし1か月を超えて引き続き使用されるに至った者を除く)、2か月以内の期間を定めて使用される者(ただし所定の期間を超えて引き続き使用されるに至った者を除く)、季節的業務に4か月以内の期間を定めて使用される者(同)、試の使用期間中の者(ただし14日を超えて引き続き使用されるに至った者を除く)が労働基準法第21条に列挙されている。

解雇制限と解雇予告の適用関係

解雇制限は解雇そのものを禁止する規定であるのに対し、解雇予告は解雇の手続を定める規定である。したがって、解雇制限期間中は解雇予告の有無にかかわらず解雇が禁止される。

解雇制限期間が終了した後に解雇を行う場合には、原則として解雇予告または解雇予告手当の支払いが必要となる。ただし、労働者の責に帰すべき事由に基づく解雇の場合で、労働基準監督署長の認定(解雇予告除外認定)を受けたときは、解雇予告なしに即時解雇が可能である(労働基準法第20条第1項ただし書、同条第3項)。

平均賃金の算定方法

解雇予告手当の額は、1日分の平均賃金に解雇予告期間30日に不足する日数を乗じて算出される。平均賃金は、労働基準法第12条第1項により、「算定すべき事由の発生した日以前三箇月間にその労働者に対し支払われた賃金の総額を、その期間の総日数で除した金額」と定義されている。

賃金総額には、基本給のほか諸手当、賞与(3か月を超える期間ごとに支払われるものを除く)が含まれる。算定期間には、休業期間や育児休業期間など、賃金が支払われなかった期間およびその期間中の賃金は除外される。

項目内容
算定期間解雇予告日以前3か月間(賃金締切日がある場合は直前の締切日から遡及して3か月間)
賃金総額算定期間中に支払われた賃金の総額(基本給、諸手当、3か月以内の賞与を含む)
総日数算定期間の暦日数(就労日数ではない)
計算式平均賃金 = 賃金総額 ÷ 総日数
最低保障賃金総額 ÷ 算定期間中の労働日数 × 0.6(日給制、時間給制、出来高払制等の場合)

解雇制限違反の効果

解雇の無効

解雇制限期間中に行われた解雇は、労働基準法第19条違反として当然に無効となる。これは強行法規違反であり、労働者の同意があったとしても無効である。

解雇が無効である以上、労働契約は継続しており、労働者は依然として労働者たる地位を有する。使用者は、労働者が就労を申し出た場合にはこれを拒否することができず、また就労の有無にかかわらず賃金支払義務を負う。

刑事罰

労働基準法第119条第1号は、同法第19条の規定に違反した者に対し、6か月以下の懲役または30万円以下の罰金に処すると規定している。これは法人の代表者または法人もしくは人の代理人、使用人その他の従業者が、その法人または人の業務に関して違反行為をした場合、行為者を罰するほか、その法人または人に対しても罰金刑が科される(両罰規定、労働基準法第121条)。

労働基準監督官は司法警察員の職務を行うことができ(労働基準法第102条)、違反の疑いがある場合には事業場への臨検、帳簿書類の検査、使用者や労働者への尋問などを実施することができる。悪質な事案については刑事告発が行われることもある。

民事上の損害賠償責任

解雇制限違反による解雇が行われた場合、労働者は使用者に対し、民法第709条の不法行為に基づく損害賠償請求、または債務不履行(賃金支払義務の不履行)に基づく損害賠償請求が可能である。

損害賠償の範囲には、解雇から復職または和解に至るまでの未払賃金、精神的苦痛に対する慰謝料、弁護士費用などが含まれる。判例上、不当解雇による慰謝料の額は、解雇の態様や労働者の受けた精神的苦痛の程度により、数十万円から数百万円の範囲で認定されることが多い。

他の解雇規制との関係

労働契約法第16条(解雇権濫用法理)

労働契約法第16条は、「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする」と規定している。この規定は、最高裁判所判例により確立された解雇権濫用法理を明文化したものである(日本食塩製造事件・最高裁昭和50年4月25日第二小法廷判決、高知放送事件・最高裁昭和52年1月31日第二小法廷判決)。

解雇制限は特定の期間における解雇を絶対的に禁止するものであるのに対し、解雇権濫用法理は解雇の実体的要件を定めるものである。したがって、解雇制限期間が終了した後の解雇であっても、解雇権濫用法理により無効と判断される場合がある。

男女雇用機会均等法による保護

男女雇用機会均等法第9条第3項は、事業主が女性労働者の妊娠、出産、産前産後休業の取得等を理由として、当該女性労働者に対して解雇その他不利益な取扱いをしてはならないと規定している。

同条第4項は、妊娠中の女性労働者および出産後1年を経過しない女性労働者に対してなされた解雇は無効とするが、事業主が当該解雇が妊娠等を理由とする解雇でないことを証明したときはこの限りでないとしている。これは、妊娠・出産を理由とする解雇について、事業主側に立証責任を転換したものである。

この規定は、労働基準法第19条の解雇制限とは独立した保護を提供するものであり、産前産後休業を取得しない場合や、休業期間終了後30日を経過した後であっても、妊娠・出産を理由とする解雇は禁止される。また、妊娠中から出産後1年以内の期間において解雇された場合、事業主がこれらの理由によらないことを証明できない限り無効となる。

育児・介護休業法による保護

育児・介護休業法第10条は、「事業主は、労働者が育児休業申出をし、又は育児休業をしたことを理由として、当該労働者に対して解雇その他不利益な取扱いをしてはならない」と規定している。同法第16条は介護休業についても同様の規定を置いている。

これらの規定は、育児休業や介護休業の申出や取得それ自体を理由とする解雇を禁止するものであり、労働基準法第19条の解雇制限とは別個の保護である。育児休業期間中は労働基準法第19条の解雇制限の対象ではないが、育児・介護休業法により解雇が禁止される。

法律保護の対象保護の内容期間
労働基準法第19条業務上災害による休業者、産前産後休業中の女性解雇の絶対的禁止休業期間+30日間
男女雇用機会均等法第9条妊娠・出産した女性妊娠・出産を理由とする解雇の禁止、妊娠中・産後1年以内の解雇の推定的無効妊娠判明時から出産後1年間
育児・介護休業法第10条、第16条育児休業・介護休業の申出・取得をした労働者育児休業・介護休業を理由とする解雇の禁止申出時から休業期間中
労働契約法第16条すべての労働者客観的合理性・社会的相当性を欠く解雇の無効常時

実務上の留意点

使用者の対応

解雇制限期間の確認

使用者が労働者を解雇しようとする場合、まず当該労働者が解雇制限の対象となるか否かを慎重に確認する必要がある。業務上災害による休業の場合には、労働基準監督署への労災申請の状況、療養の継続の有無、症状固定の時期などを確認する。産前産後休業の場合には、休業の開始時期、出産予定日と実際の出産日、休業終了日などを記録し、その後30日間の経過を確認する。

就業規則の整備

就業規則には解雇事由を具体的に記載することが労働基準法第89条により義務付けられている。解雇制限に関する規定についても、就業規則に明記し、労働者に周知することが望ましい。

代替措置の検討

解雇制限期間中は解雇が不可能であるため、配置転換、職務内容の変更、休職制度の活用など、解雇以外の人事措置を検討する必要がある。特に業務上災害により従前の業務に復帰できない労働者については、軽易な業務への配置転換や労働条件の変更について労働者と協議することが考えられる。

労働者の権利行使

解雇の無効主張

解雇制限期間中に解雇された労働者は、当該解雇が無効であることを主張し、労働者としての地位の確認および未払賃金の支払いを求めることができる。この場合、まず使用者との直接交渉、次いで労働基準監督署への申告、都道府県労働局の紛争調整委員会によるあっせん、労働審判、民事訴訟などの手段が考えられる。

労働基準監督署への申告

解雇制限違反は労働基準法違反であるため、労働者は所轄の労働基準監督署に申告することができる(労働基準法第104条)。労働基準監督署は、申告を受けて事業場への監督指導を実施し、違反が認められた場合には是正勧告や指導を行う。

申告したことを理由とする不利益取扱いは労働基準法第104条第2項により禁止されており、違反した場合には6か月以下の懲役または30万円以下の罰金が科される(労働基準法第119条第1号)。

風俗産業における特殊性

風俗産業やホストクラブキャバクラなどのナイトレジャー業界においても、労働基準法の解雇制限は適用される。ただし、業界の特性として業務委託契約や出来高払制が多用されることがあり、労働者性が認められるか否かが問題となる場合がある。

労働者性が認められる場合には、雇用形態が正社員契約社員アルバイトのいずれであっても、解雇制限の規定が適用される。デリヘルホテヘルなどの無店舗型性風俗特殊営業や、ソープランドファッションヘルスなどの店舗型性風俗特殊営業において雇用される従業員についても、解雇制限は適用される。

関連分野の基礎知識

労働災害補償制度

労働災害補償制度は、労働者が業務上の事由または通勤により負傷し、疾病にかかり、または死亡した場合に、使用者がその補償を行う義務を定めた制度である。労働基準法第8章(第75条から第88条)に災害補償に関する規定が置かれており、療養補償、休業補償、障害補償、遺族補償、葬祭料などが定められている。

実際には、労働者災害補償保険法に基づく労災保険制度により補償が行われる。労災保険は使用者の保険料負担により運営される強制保険制度であり、業務災害および通勤災害を対象としている。労働基準法上の災害補償義務は、労災保険給付が行われた場合には免除される(労働基準法第84条第1項)。

労働災害補償と解雇制限は密接に関連しており、業務上の傷病により療養補償給付を受けている期間は解雇が制限される。ただし、前述のとおり傷病補償年金が支給される場合や、打切補償が支払われた場合には解雇制限が解除される。

母性保護制度

母性保護制度は、妊娠・出産・育児期の女性労働者を保護するための法制度の総称である。労働基準法第6章の2(第64条の2から第68条)に女性に関する規定が置かれており、危険有害業務の就業制限、産前産後休業、育児時間、生理休暇などが定められている。

男女雇用機会均等法第3章(第8条から第13条)には、婚姻、妊娠、出産等を理由とする不利益取扱いの禁止、妊娠中および出産後の健康管理に関する措置、職場における妊娠・出産等に関するハラスメント防止措置などが規定されている。

育児・介護休業法は、育児休業、介護休業、子の看護休暇、介護休暇、所定外労働の制限、時間外労働および深夜業の制限、所定労働時間の短縮措置などを定めている。

これらの制度は重層的に機能しており、女性労働者の継続就業を支援している。解雇制限はこれらの母性保護制度の基盤をなすものであり、産前産後の期間において安心して休業できる環境を法的に保障している。

解雇の種類と要件

解雇は、その理由により普通解雇、懲戒解雇、整理解雇に分類される。普通解雇は、労働者の労務提供の不能または不完全を理由とする解雇であり、傷病による就業不能、能力不足、勤務態度不良などが典型例である。懲戒解雇は、労働者の企業秩序違反行為に対する懲戒処分としての解雇であり、業務上横領、無断欠勤、重大な経歴詐称などが典型例である。整理解雇は、経営上の理由による人員削減を目的とした解雇である。

いずれの解雇についても、解雇権濫用法理(労働契約法第16条)が適用され、客観的合理的理由と社会的相当性が求められる。特に整理解雇については、判例上、(1)人員削減の必要性、(2)解雇回避努力義務の履行、(3)人選の合理性、(4)手続の妥当性という4要件(または4要素)が示されており、これらを総合的に考慮して解雇の有効性が判断される。

解雇制限は、解雇の種類にかかわらず適用される。したがって、労働者に懲戒解雇事由がある場合でも、解雇制限期間中は解雇が禁止される。ただし、懲戒処分としての出勤停止や降格などは解雇ではないため、解雇制限の対象とはならない。

雇用形態による適用の差異

解雇制限は、雇用形態による差異なく、すべての労働者に適用される。有期雇用労働者無期雇用労働者、パートタイム労働者、派遣労働者のいずれについても、労働基準法第19条の解雇制限が適用される。

ただし、労働基準法第21条各号に列挙される労働者(日々雇い入れられる者で1か月を超えない者など)については、解雇予告(労働基準法第20条)の適用が除外されるが、解雇制限の適用は除外されない。したがって、これらの労働者についても、業務上災害による休業期間や産前産後休業期間およびその後30日間は解雇が禁止される。

有期労働契約の期間満了による雇止めは、形式的には解雇ではないため労働基準法第19条の適用はない。しかし、労働契約法第19条により、反復更新の実態がある場合や雇用継続の合理的期待がある場合には、客観的合理的理由と社会的相当性がない限り雇止めは認められないとされている。また、労働契約法第17条は、有期労働契約の期間中における解雇について、やむを得ない事由がある場合でなければ解雇できないとし、無期労働契約よりも厳格な要件を定めている。

雇用形態解雇制限の適用解雇予告の適用その他の留意点
正社員(無期雇用)適用あり適用あり解雇権濫用法理により厳格に審査される
契約社員(有期雇用)適用あり適用あり期間中の解雇はやむを得ない事由が必要(労働契約法第17条)
パートタイム労働者適用あり適用あり短時間労働であっても労働者性が認められる限り適用
日雇労働者(1か月以内)適用あり適用除外(労働基準法第21条)解雇制限は適用されるが解雇予告は不要
試用期間中(14日以内)適用あり適用除外(労働基準法第21条)本採用拒否の場合は解雇と同様に扱われる

労使関係法令との関連

解雇制限は個別的労働関係法の領域に属するが、集団的労使関係法とも関連する。労働組合法第7条第1号は、労働者が労働組合の組合員であること、労働組合に加入しもしくはこれを結成しようとしたこと、または労働組合の正当な行為をしたことを理由とする解雇を不当労働行為として禁止している。

このような解雇は、労働基準法第19条の解雇制限とは別に、労働組合法により禁止される。不当労働行為が認められた場合、労働委員会は救済命令により原職復帰やバックペイ(未払賃金相当額の支払い)を命じることができる。

整理解雇が実施される場合、労働関係調整法に基づく労働争議が発生することがある。また、労働組合との団体交渉において、解雇回避措置や再就職支援、退職条件などが協議される。解雇制限期間中の労働者を含む整理解雇を行う場合には、より慎重な対応が求められる。

判例の動向

打切補償に関する判例

専修大学事件(最高裁平成27年6月8日第二小法廷判決)は、労災保険給付を受けている労働者について、使用者が労働基準法第81条の打切補償相当額を現実に支払った場合、同法第19条第1項の解雇制限が解除されると判示した。それまでの下級審裁判例には、労災保険給付を受けている場合には使用者が打切補償を支払っても解雇制限は解除されないとする立場もあったが、最高裁はこれを否定し、現実の支払いがあれば解雇制限が解除されることを明確にした。

この判決により、療養開始後3年を経過しても治癒しない労働者について、使用者が平均賃金の1200日分を支払えば、労災保険給付の受給状況にかかわらず解雇制限が解除されることが確定した。ただし、解雇制限が解除されても、解雇権濫用法理による制約は別途存在するため、解雇の有効性については個別に判断される。

天災事変に関する裁判例

東日本大震災後の裁判例では、震災による事業所の損壊や原発事故による避難指示などが「天災事変その他やむを得ない事由」に該当するか否かが争われた。多くの事案において、労働基準監督署長の認定の有無が重要な要素とされており、認定を受けずに行われた解雇については無効と判断される傾向にある。

また、震災による一時的な経営悪化のみでは「事業の継続が不可能」とは認められず、復旧の可能性、他の事業所への配転可能性、解雇回避努力の有無などが総合的に判断されている。

産前産後休業に関する裁判例

産前産後休業に関しては、解雇制限期間の計算方法が争点となることがある。産後休業は出産の翌日から起算して8週間であるが、その後30日間の解雇制限期間は、実際に復職した日からではなく、産後8週間の経過後から起算される。したがって、産後8週間を超えて休業した場合でも、産後8週間経過後30日が経過すれば解雇制限は解除される。

妊娠中の解雇については、男女雇用機会均等法第9条第4項により、事業主が妊娠を理由としない解雇であることを証明しない限り無効と推定されるため、立証責任が転換される。判例上、事業主による立証は厳格に審査されており、妊娠判明後の解雇は無効と判断される傾向が強い。

国際比較

ILO条約との関係

国際労働機関(ILO)の第183号条約(母性保護条約、2000年採択)第8条は、妊娠中および産前産後休業期間ならびに休業後の一定期間における解雇を禁止することを加盟国に求めている。日本は同条約を批准していないが、労働基準法第19条の解雇制限はこの国際基準と整合的な内容となっている。

ILO第158号条約(雇用の終了に関する条約、1982年採択)は、雇用の終了には正当な理由が必要であることや、一定の手続的保障を求めている。日本は同条約も批准していないが、労働契約法第16条の解雇権濫用法理により、実質的には同様の保護が図られている。

諸外国の解雇規制

欧州諸国では、一般的に日本よりも厳格な解雇規制が存在する。ドイツでは、解雇制限法により、社会的に正当化される理由がない限り解雇は無効とされ、特に妊娠期間および出産後4か月間は原則として解雇が禁止される。フランスでも、妊娠判明時から産後休業終了後4週間まで解雇が禁止され、経済的理由による解雇も厳格に制限されている。

アメリカ合衆国では、「雇用随意の原則(employment at will)」により、原則として使用者は理由を問わず労働者を解雇できるとされてきたが、公共政策違反の法理、黙示の契約の法理、誠実義務違反の法理などにより、実質的には解雇が制約されている。連邦法である家族医療休暇法(FMLA)は、一定規模以上の事業所において、家族の介護や本人の疾病を理由とする最大12週間の休暇取得を保障しており、休暇取得を理由とする解雇を禁止している。

アジア諸国では、韓国において勤労基準法第23条により正当な理由のない解雇が禁止されており、産前産後休暇期間およびその後30日間の解雇制限も日本と同様に規定されている(同法第74条)。中国労働契約法第42条も、業務上の負傷または職業病により労働能力を一部または全部喪失した労働者や、妊娠・出産・授乳期の女性労働者について解雇を制限している。

脚注・注釈・出典

  1. 厚生労働省「労働契約の終了に関するルール」https://www.mhlw.go.jp/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudouseisaku/chushoukigyou/keiyakushuryo_rule.html (2026年2月閲覧)
  2. 栃木労働局「解雇制限(第19条)」https://jsite.mhlw.go.jp/tochigi-roudoukyoku/hourei_seido_tetsuzuki/roudoukijun_keiyaku/roukijou/roukihou_point/kijunhou_kaisetsu/article19.html (2026年2月閲覧)
  3. 労働基準法(昭和22年法律第49号)第19条、e-Gov法令検索 https://laws.e-gov.go.jp/law/322AC0000000049 (2026年2月閲覧)
  4. 最高裁判所平成27年6月8日第二小法廷判決(専修大学事件)・労働判例1117号5頁
  5. 厚生労働省雇用均等・児童家庭局「妊娠・出産等を理由とする不利益取扱いの禁止」https://www.bosei-navi.mhlw.go.jp/gimu/w_kitei.html (2026年2月閲覧)
  6. 男女雇用機会均等法(昭和47年法律第113号)第9条
  7. 育児休業、介護休業等育児又は家族介護を行う労働者の福祉に関する法律(平成3年法律第76号)第10条、第16条
  8. 高知放送事件・最高裁昭和52年1月31日第二小法廷判決・民集31巻1号93頁
  9. 日本食塩製造事件・最高裁昭和50年4月25日第二小法廷判決・民集29巻4号456頁
  10. 労働契約法(平成19年法律第128号)第16条

関連項目

外部リンク

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