売春防止法

売春防止法(ばいしゅんぼうしほう)は、売春が人としての尊厳を害し、性道徳に反し、社会の善良の風俗をみだすものであることに鑑み、売春を助長する行為等を処罰することによって売春の防止を図ることを目的とする日本の法律である。昭和31年(1956年)5月24日に公布され、昭和33年(1958年)4月1日に完全施行された。法令番号は昭和31年法律第118号。

本法は売春行為そのものを違法と規定しながらも、売る側・買う側の当事者には罰則を科さず、売春を助長・周旋する行為や公衆の目に触れる方法での勧誘行為などを処罰対象としている点が特徴である。2026年2月現在、法務省は買春者(買う側)への処罰導入を含む法改正の検討を開始しており、売春防止法は制定以来最大の転換点を迎えている。


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概要

売春防止法は、第二次世界大戦後の連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)による公娼制度廃止指令を受けて、戦後日本における売春問題に対処するために制定された。本法は全5章40条から構成され、売春の定義、刑事処分、補導処分、保護更生の措置などを規定している。

本法における「売春」とは、第2条において「対償を受け、又は受ける約束で、不特定の相手方と性交すること」と定義される。この定義は男女間の性器の結合を前提としており、同性間の性行為やオーラルセックスなどは含まれない。

最大の特徴は、売春行為そのものは禁止しながらも、行為の当事者である売る側・買う側に対して直接的な罰則を設けていない点である。処罰対象となるのは、売春の勧誘(第5条)、周旋(第6条)、困惑等による売春(第7条)、対償の収受等(第8条)、前貸等(第9条)、売春契約(第10条)、場所の提供(第11条・第12条)、売春をさせる業(第13条)など、売春を助長・媒介する周辺行為である。

本法はまた、第4章において婦人保護事業を規定し、売春を行うおそれのある女子の保護更生を図る制度を設けていた。しかし、2022年(令和4年)5月に「困難な問題を抱える女性への支援に関する法律」(困難女性支援法)が成立したことにより、2024年(令和6年)4月から婦人保護事業は同法に移行し、売春防止法から切り離されることとなった。

2026年2月現在、東京・歌舞伎町などでの立ちんぼと呼ばれる路上売春が社会問題化していることを受け、法務省は売春防止法の規制のあり方を議論する有識者検討会を設置すると発表した。検討会では、現行法では処罰されない買春者(買う側)への罰則導入が主要な議論テーマとなる見込みである。


法律の目的と基本原則

目的

売春防止法第1条は、本法の目的を以下のように規定している。

この法律は、売春が人としての尊厳を害し、性道徳に反し、社会の善良の風俗をみだすものであることに鑑み、売春を助長する行為等を処罰することによつて、売春の防止を図ることを目的とする。

本法は売春を「人としての尊厳を害する」行為と位置づけ、個人の人権保護と社会の風俗維持という二つの観点から売春防止を図ることを明確にしている。

売春の定義

第2条は売春を以下のように定義している。

この法律で「売春」とは、対償を受け、又は受ける約束で、不特定の相手方と性交することをいう。

この定義には以下の構成要件が含まれる。

  • 対償性:金銭その他の経済的利益を受け取る、または受け取る約束があること
  • 不特定性:相手方が不特定であること。特定の相手との継続的な関係は含まれない
  • 性交:男女の性器の結合を意味する。口淫、手淫などの類似行為は含まれない

売春の禁止

第3条は「何人も、売春をし、又はその相手方となつてはならない。」と規定し、売春行為を明確に禁止している。ただし、この規定に対応する罰則は設けられておらず、売春行為そのものは処罰されない。

適用上の注意

第4条は「この法律の適用にあたつては、国民の権利を不当に侵害しないように留意しなければならない。」と規定し、法の適用において人権侵害が生じないよう注意を促している。


罰則規定

売春防止法第2章は、売春を助長する行為に対する刑事処分を規定している。重要な罰則規定は以下の通りである。

勧誘等(第5条)

売春をする目的で、次の各号の行為をした者は、6月以下の拘禁刑又は1万円以下の罰金に処される。

  1. 公衆の目に触れるような方法で、人を売春の相手方となるように勧誘すること
  2. 売春の相手方となるように勧誘するため、道路その他公共の場所で、人の身辺に立ちふさがり、又はつきまとうこと
  3. 公衆の目に触れるような方法で客待ちをし、又は広告その他これに類似する方法により人を売春の相手方となるように誘引すること

この規定は、いわゆる立ちんぼ行為や路上での客引き行為を処罰するものである。

周旋(第6条)

売春の周旋をした者は、2年以下の拘禁刑又は5万円以下の罰金に処される。売春の周旋を業とした者は、3年以下の拘禁刑及び10万円以下の罰金に処される。

困惑等による売春(第7条)

人を欺き、若しくは困惑させてこれに売春をさせ、又は親族関係による影響力を利用して人に売春をさせた者は、3年以下の拘禁刑又は10万円以下の罰金に処される。

対償の収受等(第8条)

第7条第1項又は第2項の罪を犯した者が、その売春の対償の全部又は一部を収受したときは、5年以下の拘禁刑及び20万円以下の罰金に処される。

前貸等(第9条)

人に売春をさせる目的で、前貸その他の方法により、金品その他の財産上の利益を供与した者は、3年以下の拘禁刑又は10万円以下の罰金に処される。

売春契約(第10条)

人に売春をさせることを内容とする契約をした者は、3年以下の拘禁刑又は10万円以下の罰金に処される。

場所の提供(第11条・第12条)

情を知つて、売春を行う場所を提供した者は、3年以下の拘禁刑又は10万円以下の罰金に処される。

売春を行う場所を提供することを業とした者は、7年以下の拘禁刑及び30万円以下の罰金に処される。

この規定は、ソープランドホテヘルラブホテルなど、売春の場所を提供する施設の経営者に適用される可能性がある。

売春をさせる業(第13条)

人を自己の占有し、若しくは管理する場所又は自己の指定する場所に居住させ、これに売春をさせることを業とした者は、10年以下の拘禁刑及び30万円以下の罰金に処される。

資金等の提供(第14条)

第12条又は前条の罪を犯す目的で、その予備をした者は、3年以下の拘禁刑又は10万円以下の罰金に処される。


歴史的背景と制定経緯

戦前の公娼制度

日本では江戸時代から公認の遊郭制度が存在し、明治維新後も吉原遊廓をはじめとする公娼制度が継続していた。明治政府は1872年(明治5年)に「芸娼妓解放令」を発したものの、実効性は乏しく、公娼制度は戦前まで存続した。

GHQによる公娼制度廃止指令

1945年(昭和20年)の敗戦後、連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)は1946年(昭和21年)1月21日に日本政府に対して公娼制度廃止を指令した。これを受けて内務省は同年2月2日に「公娼廃止に関する件」を通達し、戦前からの公娼制度は表面上廃止された。

赤線・青線の形成

しかし、公娼廃止後も売春業は形を変えて存続した。警察が黙認する特定区域内での売春営業は「赤線」(元遊郭地域)、それ以外の非公認区域は「青線」と呼ばれるようになった。赤線地域では「特殊喫茶」「特殊飲食店」などの名目で営業が継続され、実質的な売春地帯が形成された。

売春防止法の制定過程

公娼制度廃止後も売春が広範に存在する状況を受け、1948年(昭和23年)から売春禁止法案の検討が開始された。しかし、法案は国会で何度も継続審議となり、成立までには長い年月を要した。

1956年(昭和31年)、第4回参議院議員通常選挙を控える中で第24回国会が開催された。自由民主党は選挙に向けて女性票を維持・獲得しようとの狙いから、売春対策審議会の答申を容れて、一転して売春防止法の成立に賛同した。法案は5月2日に国会へ提出され、同月21日に可決、5月24日に公布された。

法律は段階的に施行され、1957年(昭和32年)4月1日に一部施行、1958年(昭和33年)4月1日に罰則規定を含む完全施行となった。これにより赤線地域は廃止され、戦後日本の売春地帯は表面上終焉を迎えた。


風俗営業との関係

風営法との並立

売春防止法と並んで、風俗営業を規制する法律として風営法(風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律)が存在する。風営法は、キャバクラホストクラブなどの接待飲食店や、ソープランドファッションヘルスデリヘル(デリバリーヘルス)などの性風俗関連特殊営業を規制対象としている。

性風俗関連特殊営業の分類

風営法第2条第6項から第10項は、性風俗関連特殊営業を以下のように分類している。

  1. 店舗型性風俗特殊営業(1号営業):浴場業の施設(ソープランド)
  2. 店舗型性風俗特殊営業(2号営業):個室で異性の客に性的サービスを提供する営業(ファッションヘルスピンサロ(ピンクサロン)イメクラ(イメージクラブ)など)
  3. 店舗型性風俗特殊営業(3号営業):射幸心をそそるおそれのある遊技をさせ、客に性的サービスを提供する営業(ストリップ劇場など)
  4. 店舗型性風俗特殊営業(4号営業):専ら異性を同伴する客の宿泊(休憩を含む)に供する施設(ラブホテル)
  5. 店舗型性風俗特殊営業(5号営業):店舗で性的好奇心をそそる写真、ビデオ等を閲覧させる営業(アダルトショップのぞき部屋など)
  6. 無店舗型性風俗特殊営業:デリヘル(デリバリーヘルス)など
  7. 映像送信型性風俗特殊営業:ライブチャットなど

ソープランドの法的位置づけ

ソープランドは、風営法上は公衆浴場法に基づく浴場業として店舗型性風俗特殊営業1号営業に分類され、性行為を提供しない建前となっている。しかし、実態としては多くのソープランドで性交渉が行われているとされる。

風営法第2条第6項第1号は「浴場業の施設で個室を設け、当該個室において異性の客に接触する役務を提供する営業」と規定しており、性交渉を含まない「接触する役務」を前提としている。しかし、個人間の合意による性交渉が行われた場合、売春防止法では売春行為そのものに罰則がないため、客と従業員は処罰されない。

店舗側が売春を組織的に管理・助長している場合は、売春防止法第11条(場所の提供)や第12条(場所の提供を業とする行為)により摘発される可能性がある。実際に2025年から2026年にかけて、川崎・堀之内のソープランドが売春防止法違反で相次いで摘発されている。


現代における適用と課題

立ちんぼと売春防止法

2020年代に入り、東京・新宿区歌舞伎町のトー横などで、路上で売春相手を待つ「立ちんぼ」と呼ばれる行為が社会問題化している。

立ちんぼ行為は、売春防止法第5条の「公衆の目に触れるような方法で客待ちをし、又は広告その他これに類似する方法により人を売春の相手方となるように誘引すること」に該当し、6月以下の拘禁刑又は1万円以下の罰金の対象となる。警察は定期的に取り締まりを実施しており、売春防止法違反(勧誘)で女性が逮捕されるケースが増加している。

背景には、悪質なホストクラブに対して多額の借金を抱えた女性が、返済のために売春を強いられる構図があると指摘されている。

パパ活と売春防止法

金銭や物品を対価として交際する「パパ活」が広まっているが、性交渉を伴うパパ活は売春防止法上の「売春」に該当する可能性がある。

パパ活が売春防止法違反となるケースには以下のようなものがある。

  1. 路上でのパパ活相手募集(立ちんぼ):第5条違反
  2. パパ活の仲介・周旋:第6条違反
  3. パパ活のあっせん業:第6条第2項違反

ただし、特定の相手との継続的な関係の場合は「不特定の相手方」という要件を満たさず、売春の定義に該当しない可能性がある。また、性交渉を伴わない食事やデートのみのパパ活は売春防止法の対象外である。

インターネットと売春

近年、インターネット上のマッチングアプリやSNSを通じた売春が増加している。警察庁の統計によると、インターネットを利用した売春防止法違反の検挙件数は増加傾向にある。

オンライン上での売春の勧誘や周旋は、第5条や第6条の適用対象となる。また、ライブチャットなど映像送信型性風俗特殊営業は、風営法による規制対象となっている。

未成年の保護

未成年が関与する売春については、売春防止法に加えて「児童買春、児童ポルノに係る行為等の規制及び処罰並びに児童の保護等に関する法律」(児童買春禁止法)が適用される。18歳未満の者と性交渉を行った場合、対価の有無にかかわらず児童買春罪として処罰され、5年以下の懲役又は300万円以下の罰金が科される。

また、風営法性風俗関連特殊営業において18歳未満の者を客として接待すること、及び18歳未満の者を従業員として使用することを禁止している。


婦人保護事業と困難女性支援法への移行

婦人保護事業の概要

売春防止法第4章(第34条~第40条)は、婦人保護事業について規定していた。婦人保護事業は、「性行又は環境に照して売春を行うおそれのある女子」(要保護女子)の転落未然防止と保護更生を図るために設置された制度である。

主な実施機関は以下の通りであった。

  • 婦人相談所:都道府県に設置義務。要保護女子の相談、調査、判定、指導、一時保護などを実施
  • 婦人相談員:都道府県・市に配置。要保護女子の発見、相談、指導などを実施
  • 婦人保護施設:都道府県に設置。要保護女子の保護と自立支援を実施
  • 婦人補導院:法務省所管。売春防止法違反で執行猶予付き判決を受けた20歳以上の女性を収容し、補導処分を実施

婦人保護事業の課題

売春防止法制定時(1956年)には、売春を行うおそれのある女性の保護更生が主な目的であったが、その後、支援ニーズは多様化した。配偶者からの暴力(DV)、ストーカー被害、人身取引、家庭内の問題など、売春とは直接関係のない困難を抱える女性も婦人保護事業の対象となっていった。

しかし、売春防止法を根拠法とする婦人保護事業には、以下のような問題点が指摘されていた。

  • 「売春を行うおそれのある女子」という規定が、支援を必要とする女性にスティグマ(烙印)を与える
  • 法的根拠が売春防止法であるため、多様な支援ニーズに対応する制度設計になっていない
  • 婦人相談所、婦人相談員、婦人保護施設という名称が支援利用の障壁となっている

困難女性支援法の成立

これらの課題を受け、2022年(令和4年)5月19日に「困難な問題を抱える女性への支援に関する法律」(令和4年法律第52号、困難女性支援法)が成立した。同法は2024年(令和6年)4月1日に施行され、婦人保護事業は売春防止法から切り離され、困難女性支援法に基づく新たな支援体制に移行した。

困難女性支援法では、支援対象を「性的な被害、家庭の状況、地域社会との関係性その他の様々な事情により日常生活又は社会生活を円滑に営む上で困難な問題を抱える女性」と幅広く定義し、年齢、障害、国籍等を問わず全ての女性を対象としている。

また、従来の機関名称も以下のように変更された。

  • 婦人相談所 → 女性相談支援センター
  • 婦人相談員 → 女性相談支援員
  • 婦人保護施設 → 女性自立支援施設

婦人補導院の廃止

婦人補導院は、売春防止法第3章(第17条~第33条)に基づき、売春防止法違反の罪で執行猶予付き判決を受けた20歳以上の女性を収容し、補導処分を実施する法務省所管の施設であった。全国で唯一、東京都八王子市に「東京婦人補導院」が存在していた。

しかし、入所者数は年々減少し、近年は年間数名程度となっていた。また、売春を行った女性を「補導」するという考え方自体が時代にそぐわないとの批判もあり、婦人補導院は売春防止法の「負のシンボル」と呼ばれていた。

2022年の困難女性支援法成立を受け、婦人補導院制度は2024年4月1日をもって廃止され、東京婦人補導院も閉鎖された。


2026年の法改正議論

法改正の背景

2025年から2026年にかけて、東京・歌舞伎町などでの立ちんぼと呼ばれる路上売春が深刻な社会問題となった。悪質なホストクラブによる売掛金問題や女性への搾取が注目を集め、売春防止法の実効性に疑問が呈されるようになった。

2025年11月15日、高市早苗首相は衆議院予算委員会において、売春防止法の規制のあり方の検討を平口洋法務大臣に指示した。

有識者検討会の設置

2026年2月10日、平口法務大臣は記者会見において、売買春の規制のあり方を議論する有識者検討会を設置すると発表した。検討会は2025年度内(2026年3月まで)に立ち上げられ、法改正も視野に入れた議論が行われる予定である。

検討会の構成員は、刑事法学者、裁判官、検察官、弁護士、売買春の実情に詳しい専門家などで構成される。

主要な論点:買春者の処罰

現行の売春防止法は、売る側が公衆の目に触れる方法で勧誘・客待ちをした場合に6月以下の拘禁刑又は2万円以下の罰金を科す一方で、買う側に対する処罰規定は存在しない。

有識者検討会では、買春者(買う側)を処罰対象に加えるかどうかが主要な議論テーマとなる見込みである。買春者処罰化の論点には以下のようなものがある。

賛成論

  • 売る側のみを処罰する現行法は不公平であり、需要側を処罰することで売春の抑止効果が期待できる
  • 国際的には北欧モデル(買春者のみを処罰し、売春者を処罰しない)を採用する国が増えており、日本も国際標準に合わせるべき
  • 女性の人権保護の観点から、性を買う行為を犯罪化すべき
  • 悪質なホストクラブや暴力団による搾取を防ぐため、需要側を処罰する必要がある

反対論・慎重論

  • 買春を犯罪化すると、売春が地下に潜り、かえって売春者の安全が脅かされる可能性がある
  • 現行の風俗産業(ソープランド、デリヘルなど)との整合性が問題となる
  • プライバシー権の侵害となる可能性がある
  • 実効的な取り締まりが困難である

北欧モデル(ノルディックモデル)

買春者のみを処罰し、売春者を処罰しない法制度は「北欧モデル」または「ノルディックモデル」と呼ばれる。1999年にスウェーデンで初めて導入され、その後ノルウェー、アイスランド、フランス、カナダ、イスラエルなど多くの国が採用している。

北欧モデルの理念は、売春を性搾取と捉え、売春者を被害者として保護し、買春者を加害者として処罰することで、売春需要を減少させ、最終的に売春を廃絶することにある。

ただし、北欧モデルには以下のような批判もある。

  • 買春の犯罪化により、売春が地下に潜り、かえって売春者の安全が脅かされる
  • 売春者の収入機会を奪い、貧困を悪化させる
  • 売春者の自己決定権を尊重していない
  • 実際には売春を減少させる効果が限定的である

今後の見通し

法務省は2026年秋または2027年の通常国会での法改正を目指しているとされる。ただし、買春者処罰化については賛否両論があり、風俗産業への影響や実効性の問題など、解決すべき課題が多く残されている。


諸外国の法制度

各国の売春規制モデル

世界各国の売春規制は、大きく以下の4つのモデルに分類される。

1. 禁止モデル(両罰型)

売る側・買う側の双方を処罰するモデル。アメリカ合衆国のほとんどの州、中国、韓国、フィリピンなどが採用。日本の売春防止法は禁止規定はあるが罰則がないため、厳密には禁止モデルには該当しない。

2. 北欧モデル(買春処罰型)

買春者のみを処罰し、売春者を処罰しないモデル。スウェーデン(1999年)、ノルウェー(2009年)、アイスランド(2009年)、カナダ(2014年)、フランス(2016年)、イスラエル(2020年)などが採用。

3. 合法化・規制モデル

売春を合法化し、国家が管理・規制するモデル。オランダ、ドイツ、スイス、オーストリア、ニュージーランドなどが採用。売春業の登録制、健康診断の義務化、課税などが行われる。

4. 非犯罪化モデル

売春行為を犯罪としない一方で、搾取や人身売買などの周辺犯罪は処罰するモデル。オーストラリアの一部地域などが採用。

各国の状況

スウェーデン

1999年に世界で初めて買春処罰法を導入。買春者には罰金または最大1年の懲役が科される。売春者は処罰されず、社会福祉サービスの対象となる。

ドイツ

2002年に売春を合法化。売春業者は登録制となり、売春者は社会保険に加入できる。ただし、人身売買や搾取の増加が問題視されている。

オランダ

2000年に売春を合法化。アムステルダムの飾り窓地区が有名。ただし、近年は人身売買や組織犯罪との関連が問題となり、規制強化の動きもある。

フランス

2016年に北欧モデルを採用。買春者には最大1500ユーロの罰金が科される。売春者は処罰されず、売春からの離脱支援が提供される。

アメリカ合衆国

ネバダ州の一部地域を除き、ほぼ全土で売春は違法。売る側・買う側の双方が処罰される。


関連法規

売春防止法と関連する主要な法規は以下の通りである。

風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律(風営法)

風営法は、キャバクラホストクラブなどの接待飲食等営業ソープランドデリヘルなどの性風俗関連特殊営業、パチンコ店などを規制する法律である。営業許可制度、営業時間の制限、未成年の立入禁止などを規定している。

児童買春、児童ポルノに係る行為等の規制及び処罰並びに児童の保護等に関する法律

18歳未満の児童との性交渉を処罰する法律。児童買春罪は5年以下の懲役又は300万円以下の罰金が科される。売春防止法とは異なり、買う側が明確に処罰される。

職業安定法

職業安定法第63条は、風俗営業性風俗関連特殊営業の求人をハローワークで取り扱うことを禁止している。ただし、風俗店の接客業務以外の職種(風俗男性求人など)は対象外である。

労働基準法

労働基準法は、風俗産業の従業員に対しても適用される。最低賃金、労働時間、休憩、休日、時間外労働などの規定が適用される。

迷惑防止条例

各都道府県が制定する迷惑防止条例は、公共の場所での客引き行為やつきまとい行為を禁止している。売春防止法と併せて、路上での売春勧誘を取り締まる根拠となる。

公衆浴場法

公衆浴場法は、公衆浴場の経営を許可制とし、衛生基準などを規定している。ソープランド公衆浴場法上の浴場業として扱われる。

困難な問題を抱える女性への支援に関する法律(困難女性支援法)

2022年制定、2024年施行。従来の婦人保護事業を売春防止法から切り離し、困難を抱える女性への支援を総合的に行うための新たな法的枠組みを構築した。


統計データ

売春防止法違反の検挙状況

警察庁の統計によると、売春防止法違反の検挙件数・検挙人員は以下のように推移している。

  • 令和元年(2019年):検挙件数62件、検挙人員53人
  • 令和2年(2020年):検挙件数62件、検挙人員47人
  • 令和3年(2021年):検挙件数54件、検挙人員41人
  • 令和4年(2022年):データ更新待ち
  • 令和5年(2023年):データ更新待ち

売春防止法違反の検挙件数は、昭和30年代には年間2万件を超えていたが、その後大幅に減少し、近年は年間数十件程度となっている。これは赤線廃止後の取り締まり減少、売春の潜在化、他の法律(児童買春禁止法、迷惑防止条例など)による摘発の増加などが要因と考えられる。

インターネットを利用した売春防止法違反

近年、インターネットを利用した売春の検挙が増加傾向にある。マッチングアプリやSNSを通じた売春の勧誘・周旋が主な摘発対象となっている。


問題点と批判

買春者の不処罰

最大の問題点として、売る側は勧誘行為などで処罰される一方で、買う側には何ら処罰規定がないことが挙げられる。この不均衡は制定当初から「ザル法」と批判されてきた。

女性団体や人権団体からは、性を買う行為を放置することは性搾取を容認することにつながるとの批判がある。一方で、買春を犯罪化すると売春が地下に潜り、かえって売春者の安全が脅かされるとの慎重論もある。

売春の定義の限定性

現行法の売春の定義は「不特定の相手方と性交すること」に限定されており、以下のケースは対象外となる。

  • 同性間の性行為
  • 性器の結合を伴わない性的サービス(オーラルセックス、手淫など)
  • 特定の相手との継続的な関係(パパ活の一部など)

このため、実態としての性の商品化が広範に存在するにもかかわらず、法の規制が及ばないケースが多い。

風俗産業との矛盾

ソープランドなどの性風俗関連特殊営業風営法により公認されている一方で、実態としては売春が行われていることが指摘されている。売春を禁止しながら風俗産業を容認する法体系の矛盾が問題視されている。

ジェンダーの視点の欠如

売春防止法は制定当初から「売春を行うおそれのある女子」を保護対象としており、女性のみをスティグマ化する構造となっている。また、売春を行う女性を「保護更生」の対象とする家父長的な視点が残されており、女性の自己決定権やセックスワーカーの労働権を軽視しているとの批判がある。


脚注・出典


関連項目


外部リンク


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